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UEKING ROOM

こんな本を読んできた 1 ランスの復活

 

 夢の中で植木さんが草の上に坐っている。白いスーツを着て、うしろには小さな駅のホームが見える野原の草の上に坐っている。どこかで見たような風景だが、初めて見る景色であるような気もする。だが駅舎の向こうにかすんで見える山に見覚えがある。どうしてそんなところにいるのか分からないが、夢だから仕方がない。とにかく、植木さんがいるので話をしようと近づいて行く。心なしか太って顔色も良く、久しぶりの彼は元気そうである。しかし立ち上がるのは難儀なようで、ずっと坐ったままだ。ぼくは「実はあゆみさんから、植木さんが生前読んでいた本に関して少しずつ何かを書いてくれと頼まれているのだが、まだその一回目が出来ていないのだ」と話した。彼は坐ったまま「それは書いてあげてよ」と言うのだった。「書いてみるから、今度会うときに一応目を通してくれないかな」と頼むと、「今度というのは約束できないから」と言いながら、あの照れたような笑いを返してくるのだった。そうか、もう亡くなっているんだから、次はないわけか、と妙に納得して再び話しかけようとするのだが、もうどこにも見えなくなっているのだった。

 やけにはっきりとした夢だった。そして、早くあの原稿を書かなければという思いだけがぼくの心には強く残っているのだった。そして、ここからは目を覚ましてからの思いだが、あの見覚えのある姿をしている山はもしかしたら開聞岳ではないか。とするならば、あの駅は西大山駅。沖縄のモノレールができるまで日本最南端の駅としてきこえた場所である。あそこなら見覚えがあって当たり前だ。

2004年の春にぼくは退職をして、植木さんはもちろん在職中であったが、入退院を繰り返していた。その年の秋に植木さんの教え子であるグルテンさんが、鹿児島の、あるミュージアムでいくつかのグループと一緒だったが、パフォーマンス中心の発表会をすることになり、植木さんを通して知り合いだったぼくは、鹿児島へ出かけて行く気になった。植木さんの代行という意識もあった。ミュージアムではグルテンさんのパフォーマンスを楽しみ、その晩は彼女が教えてくれた飲み屋でしこたま焼酎を飲んで、少し二日酔いの頭で次の日電車に乗って、指宿温泉の砂風呂で汗を流し、そのあと日本最南端の駅に行ってみたのである。そんな有名な駅にもかかわらず、小さな無人駅で、一旦電車を下りてしまったら、鹿児島方面に戻る電車が来るまで数時間待たなくてはいけないのだ。駅の周りには食堂はおろか商店らしきものもなく、駅の周りを歩き回るといっても限度がある。ゆっくり経っていく時間と付き合うしかない。時折タクシーでやって来た観光客が、ここが最南端の駅だと言いながら写真を撮っただけで慌しくまた車に乗り込んで帰って行くくらいである。しかしあれは邪道だな、鉄ちゃんだったらちゃんと電車に乗ってこなくては駄目だよ、とにわか鉄ちゃんになったつもりのぼくは苦々しく思うのだった。しかしこちらはホームに坐って開聞岳を眺めたり、駅の近くの畑をぼんやり眺めるくらいで話をするような人間の姿も全く見えないのである。退屈と言えば退屈だが、本を読んで時間を過ごそうという気にもならず、前の日に見たグルテンのパフォーマンスなどを植木さんにどう報告しようか、などと考えていた。

 つまりそんな記憶となかなか進まない原稿のことが組み合わさって夢の中に現れてきたのだろう。

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 植木さんは良く本を読んでいた。ぼくのように職員会議のときに小説の隠れ読みこそしていなかったが(彼の職員会議の内職といえば、ノートに小さな字で日記を書くことだった)、恐らくいつでも何かしらの本を読んでいたのではないだろうか。入院した病院のベッドの脇にもいつも本が積まれていた。しかし話を聞いてみるとぼくの読書傾向とはほとんど重なるところがないのだった。もちろん彼と読んだ本について話し合ったり、まして感想を述べ合ったりすることもなかった(もっとも共通の読書傾向を持つ人間ともそのようなことをすることはほとんどないのだけれど)。

 彼が読んだ本について具体的には全く知らないと言って良い。だからどの本から始めたらよいのかも分からない。あゆみさんに聞くと、最後に彼がバイブルのように読んでいた本があるということ。『ただマイヨ・ジョーヌのためでなく』という本。それまで聞いたこともない本なので、題名を頼りにアマゾンで注文をした。

 届いた本の帯には「人生は、ときに残酷だけれど、それでも人は生きる、鮮やかに」と大きく書かれ、表紙のイラストは自転車レースの選手の絵。マイヨ・ジョーヌというのは、自転車レースで1位の選手だけが着られるジャージのことである、とも書かれている。この本の著者ランス・アームストロング(サリー・ジェンキンスという人の名前がコピーライトページにクレジットされているので、恐らく彼女がランスの話を元に書き起こしたものだろうが、ここではそれはあまり関係ないので、ランスを著者と書いておく。翻訳にそのことが何も書かれていないのはどうかと思うけれど)はこういう人であるらしい。

1971年にアメリカのテキサス州に生まれ、水泳、トライアスロンを経て自転車ロードレースの世界へ。92年のバルセロナオリンピック出場後にプロ転向。翌年のプロ初シーズンにツール・ド・フランスでステージ1勝、世界選手権プロロードレース優勝。95年にもツール・ド・フランスでステージ優勝している。96年のアトランタオリンピック後に睾丸癌が発見され、命も危ぶまれたが、98年に復帰、翌99年にツール・ド・フランスで初の総合優勝、という経歴の持ち主である。この本は彼が癌であるということを知り、治療を始め、結婚し、子供までもうけ、復活していくという経過を語ったものである。

植木さんがこの本を知ったのはいつのことだったのかは知らない。翻訳が出たのが2000年だから、彼が癌であることを知らされた2003年の夏以前に読んでいたのかもしれないが、恐らくは入院してからのことだったのではないだろうか。ランスは癌であることを知らされ、「どうして自分が? どうして他の人でなく自分が? でも僕は、化学療法センターで僕の隣に座っている人より、価値があるわけでもなんでもないのだ。そもそも価値があるかどうかなんていうこと自体、おかしいのだ。恐怖と希望とではどちらが強いのだろう。最初のころ、ぼくは恐怖に襲われ、ほとんど希望がもてなかった。でも静かに心を落ち着け、自分の病気についてできる限りのことを学び、恐怖が僕の楽観主義を食い尽くすのを拒否した。何かが僕に、恐怖は感情を全面的に支配することはできないと告げ、僕は恐れるのをやめたのだ」(123ページ)癌であると知らされて「どうして僕が」と思うのは、まあ普通の反応だろうと思うが、そのときの「どうして僕が」は、どうして僕のような特別な人間がよりによって癌に、という気持ちだったのだ。しかし良く考えてみれば、自分が特別な人間ではなく、隣にいる人と同じ命の価値しか持たないのだ、ということに気が付いたわけだ。誰の命も平等なのだ。もし彼が癌になっていなければ、という仮定は無意味だが、あえてそういう仮定をするならば、おそらく彼は、端から見れば華やかで派手なスター選手のまま年をとっていったのだろうと思われる。なにしろ「世界的に認められた自転車選手で、湖岸の豪邸に住み、ポルシェを乗り回し、銀行には自力で蓄えた財産があり、世界のトップレーサーの一人で、成績は完璧な右上がりの曲線を描いていた」(9ページ)と順風満帆な人生を送っていたのである。ともかくも彼は告知されるとすぐに治療に専念する。病気について色々と調べ、最良と思われる治療を受ける。いわゆる癌の闘病記という一面もこの本にはあるのだが、この本の真骨頂は、治療がうまく行き、再び自転車レースを始めるあたりからである。復帰後初めてのレースを彼は途中で放棄する。「体調とは何の関係もなかった。身体は元気だった。ただあそこにいたくなかったのだ。僕はあんな寒さと苦痛の中を自転車で走ることが、果たして残された人生で自分がしたいことなのかどうか、わからなくなった」(240ページ)。それは彼がまだ「癌からの再生途上にあったからだ。以前僕には仕事があり、人生があった。病気になり、僕の人生はめちゃめちゃになった。そしてようやく以前の生活に戻れるようになり、何とかもとの生活を再び始めようとしたとき、僕は方向を見失ってしまったのだ。(中略)自転車は見るのも嫌だった。(中略)自分が何をすればいいのかわからなかった。そして逃げたのだ」(248ページ)そうして彼はだらだらと日を過ごしていくのである。しかし楽しくない。

そういう彼が、どのように再び喜びを持ってレースを行うようなったかは、各自読んで頂くのが良いだろう。植木さんがこの本をバイブルのように読んでいたということは、何度も何度も繰り返して読んでいたということだろう。確かにこの本には引用したくなる箇所がたくさんある。癌でない人間にとってもそうだから、彼にしてみれば身につまされる箇所も、励ましを受けた箇所もたくさんあったに違いない。ただ言えるのは、この本はハウツー本ではないということだ。闘病記の一面もあると先に書いたけれど、料理のレシピ本のように、ここに書かれていることを実践すれば自分の病気も必ず良くなる、というようなことが書いてあるわけでも、そんなことを知りたくて読むようなものではない。

一度は絶望の淵に立たされた自分が、自分を見つめなおし、再生していく。ランスの場合にはそれがうまく行って、病後の活躍の場面も出来た。人それぞれがみな違うように、病気の形も人それぞれであるから、なんとも言えないが、植木さんはランスの復活に自分を賭けていたのだろう。人の命が平等であるように、死というのもぼくたちが等しく逃れることの出来ない運命である。人は癌であろうがなかろうが、いつかはこの世から消えていく。理屈としては良く分かっていることが、健康にしているとぼんやりとしてしまう。

この本はわれわれみなが、同じように受け取ることの出来るものだ。人間は変わることが出来る。しかも良く変わることが出来る、ということを改めて確認させてくれる本だった。

ただマイヨ・ジョーヌのためでなく ランス・アームストロング

(原題:It’s Not about the Bike 自転車についての話じゃない)

安次嶺桂子訳 講談社 2000年初版  

"こんな本を読んできた 1 ランスの復活"に一件のコメントがあります

  1. コメント from M.:

    2004年の夏ぐらいだったか、植木家に伺った際、食卓の端にこの本が乗っていたのを覚えています。
    内容について話したり、感想を先生から聞いた記憶はないのですが、目に付くところに置いてあったことで、先生の家を訪ねた人の中にはこの本を話題にした人もいるかもしれませんね。
    自宅での療養中も、西高の図書館からよく本を借りていろいろ読んでいたようですね。
    だから、何かお気に入りのだけ読むって感じではなかったのだと思いますが、この本をバイブルのようにしていたということは、読み返すのはもちろん、目にするところに置いておくということも植木先生には大切だったのではないかと、そんな風にも思えます。

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