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こんな本を読んできた 2 娘に語る○○

  今回は、つか こうへいの 『娘に語る祖国』 を紹介しよう。1990年の10月に初版が出ていて、植木さんが読んだと思われる本は、同じ年の12月に出されたもので、すでに6刷である。恐らくそれ以後も版を重ねただろうから、随分売れた本だ (現在も新刊で手に入れることができる)。当時話題になっていたことは知っていたが、つか こうへいには、というよりも演劇に関心がなかったので、ぼくは手にしたことはなかった。 植木さんが読んだ本が、今何冊か手元にあるが、自分で読んだことのある本よりも未読のものの方が多い。それは当たり前で、全く同じ読書体験をしている人間など、この世に二人といるものではない。どんなに似た人でも、たとえ同じ家に暮していても、全く同じ本を読んでいるということはあり得ない。だからどの人の書棚も唯一でユニークなものなのだ。 作家や評論家が、「必要があって最近これこれの本を読んだ」というようなことを書いているのを読むと、いつも妙な気持ちになったものだ。必要があって読む本、ってわざわざ記すのは恐らく、書評を頼まれたので、普段なら自分から手を出す本ではないが、という意味であるのだろうが、読書の形としてずいぶん不自然なものだなあという気持ちが強くあったし、今もある。 しかしまさに自分が、前回の自転車の本にしても、今回の本にしても、ある意味 「必要があって」 読んだわけだが、読後感は悪くない。自分で積極的に手を出さなかった本を読んでも、無理やり感はなかった。それはその本をかつて読んだのが植木さんであるからだ。しかも書評をしようというのではない。その本と彼との関わりがあればそれを書けばよいからだ。

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 この本は、つか こうへいが娘にあてて書いたという形で、自分のアイデンティティーについて述べたものである。彼が在日朝鮮人であることを初めて一般に明かした本で、その点でも話題になったのだと思う。 在日である彼が、自分の 『熱海殺人事件』 の韓国版を韓国で上演しようということで初めて訪韓したときの話がメインになっている。娘に宛てた文章ということで、自分のことをパパ、妻のことをママと書いたりする、その表現には少々辟易するが、それには目をつぶることにする。 彼は韓国に入る前には、大雑把に言えば、韓国人が日本人に対して被害者意識を持つことなどない、という立場だったのだが、かつて日本人がしてきた蛮行について知ると急に日本人って奴は、と思い始める。そして韓国に入国しようとすると、税関で「お前は韓国人の癖に (つかの国籍は韓国) なぜ韓国語がしゃべれないのか」と詰問され、「これが遠路はるばる来た同胞を迎える態度か。生まれた場所がたまたま日本だったというだけのオレらに、何の罪があるんだ。お前らなぜ在日ばかりをいじめるんだ。これが夢にまで見た祖国というものか」 と怒り出す。そして「つか、お前は日本でちょっと売れてるからといって、威張るんじゃない」と言われると、「うるせえ、日本で威張って韓国に来て威張らなかったら、日本人に申し訳ないだろうが。そうだよ、オレはハンチョパリ(半分日本人)だよ。ほら、どけ。観光だよ、観光。芝居を作ってくれといわれたから。オレは来ただけなんだ」(86ページ) という具合で、考え方がころころと変わっていく。変わっていくというよりも変えざるを得ない状況に出くわしていくのである。こちらも次々と前と異なる考え方に導かれていくことになる。 そして最後は娘に向けるこういう言葉が結論になっている。 「みな子よ、きっと祖国とは、おまえの美しさのことです」(180ページ) 自分の国を愛する気持ちというのは個人がそれぞれの心の中に持っていれば良いものであるということだ。人から強制されて愛国心を持つのではない。愛国心というのはイデオロギーではないのだ。人の心にあるもので、よく非国民と呼ばれるぼくにだって、その気持ちはある。人には生まれる場所を選ぶことは出来ないし、非国民であるぼくだって、よそのどこかの国の国民になりたいなんてこれっぽっちも思っていない。

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  と、まあ、そういった本であるが、植木さんはなぜこの本を選んで読んだのか。1990年の末といえば、恐らく最初の娘さんが産まれる前後 (多分前) の頃ではないか。これから子供が出来るというときの父親の気持ちというのは、なかなか複雑である。初めてのわが子に、やはりなにものかを託したい、という気持ちになることもある。 ふっとそんな優しい気持ちになったときに手にして読んだ本であるかもしれない。そんなこととは関係なく、つかという人に興味があって読んだ本であるのかもしれない。それは分からないけれど、その間何度かの引越しがあったにもかかわらず、十数年捨てられずに彼の書棚に置かれていた本である。 植木さんは、他人には熱く語る人だったから、娘さんたちにも語りたいことが多くあったに違いない。語り残したことも多かったかもしれないが、彼には作品がたくさん残っていて、それが雄弁に彼を物語っている。彼の作品の中で、ぼくが特別なものであると思っているのは、娘さんたちの肖像画である。毎年彼女たちの誕生日には肖像画を描いて記念にしていた。それらを見ながら「俺ってなんて絵がうまいんだろう」と言っていた彼の顔を今でもよく覚えているが、テレの中に娘さんたちへの愛情が一杯で、本当にうらやましく思ったものだ。彼には『娘たちに語る○○』という本はないけれど、それ以上のもので、いまだに (熱く、暑く、暑苦しく) 語り続けているのだ。 娘に語る祖国 つか こうへい 光文社 カッパ・ホームズ (1990年初版)

"こんな本を読んできた 2 娘に語る○○"に一件のコメントがあります

  1. コメント from ayumi:

    「・・・おまえの美しさのことです」

    祖国が美しいわけじゃないし、美しい国があるわけじゃないんですね。
    そこにいる「おまえが美しか!?」「美しく生きてるか!?」ということ。

    この本は読んでいないけど、『熱海殺人事件』の初演舞台の頃に、つかこうへい名を知った。中高生で演劇部にいたわたしにとって、演劇をやりたいと思ったきっかけとなった最初に観たプロの舞台だった。
    結婚した頃はすでに職種が変わっていたので、つかこうへいには未練がなかった。あえて、演劇関係には手をださなかったのだ。

    ウエキが娘に語り残したことは・・・
    それが彼女たちに分かるにはあと20年くらいかかるんだろうなぁ。

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