Main menu:

UEKING ROOM

駒さんの『僕はナゼ 10 』資料編

この資料は、1970年当時茅ヶ崎高校在勤中の、駒崎教諭が記録していたものを編集しました。

手書き文書を再構成しているので、レイアウトなどのニュアンスは原本とは変わっています。

 

僕はナゼ「茅高を悪くした」と言われるようになるのか -10-(資料編)

資料1

ダベリ会への誘い

(注)ダベリ会とは食べながら話す会ノコト・

若手と話そうダベリ会・自由に話そうダベリ会

隔週水曜330~ 社会科準備室(社会科教室でなく、その左隣ダヨ)

テーマはあってもよし、なくてもよし、自分の頭で考えてしっかりまとめて、ハッキリ言って、人の意見をよく聞いて、さらに又、考えていく、自分の考えを、思想を形成していく。

一回目は6/10=行き違いや、すれ違い、勘違いばっかりで流れ流れた、“沖縄”を話す会 観た人も観なかった人もお暇な人も お暇でない人も寄ってらっしゃい話してらっしゃい(暇人なおもて往生をとぐ、いわんや忙人(?)をや…)

 

 

 

 

資料2

第2回ダベリ会への招き

水曜がツブレルので今度は土曜にしてみたノダ ← 6/20放課後 24H・R

 

第一回ダベリ会は、お陰さまで(?)盛況デシタ、先生達が給料日前のなけなしの財布の底をはたい買い集めたお菓子も(お茶もないのに)きれいに、スッカラカンとなったわけデス -即ち 男生徒6名(3年ばかり)そしてソシテ女生徒も又6名(内2年2名)何とマァ、ピッタリ、ちょうどよかった(?)ノデアリマス、いや、そうではありません…チョンガー野郎の先生5名がいたのを忘れていました。競争率は一挙に2倍近くにハネ上るわけです。 - 浪人しないようにしっかりがんばりましょう…ハテ、一体、何の話をしているんだろ?

当日は沖縄の話から入ったものの、たちまち脱線につぐ脱線(それが当たり前なので、その方がいいんだなんて言い出す始末)で、真実と事実と虚構と…人間の心が…論理と倫理が…政治上…宗教的な…とにかく、ジャンジャン難しい方向に行っちゃうので、サッパリわからなくなってしまって…遂に誰かが“夕飯は出ないのか?”なんて寿命の縮まるようなことをおっしゃったので、あわてて、閉会動議!その時は、はや7時ナリ

サテ、余り難しくなりすぎたので、今度は、もっと身近な、又切実な問題(トキタラ、もう アレに決まっているんだろ?)について、難しいことを言うやつは、発言を禁止(?→言論の自由を守れ!)して、やろうという訳

オシャベリが好きな人、するよりも聞く方が好きな人、黙って考えこんじゃうのが好きな人…話すアホウに聞くアホウ、同じアホウなら食べなきゃ損々とばかりに専ら食べまくろうという人、皆、ミンナいらっしゃい。物言わぬは腹ふくるるワザなり、出して、代りに菓子をつめこもう!

 

 

 

 

 

資料3

 

夏休み(番外)ダベリ会

8/11 p..100~?→ 僕が日直の日なんです。(一応職員室へ)

 

 

実現するかどうか→人が集まるかどうか、分りませんが、とにかく計画してみました。

4月のテーマは沖縄 (1951 4/28 講和条約締結)→沖縄デーとなる

5月のテーマは憲法 (1947 5/5 日本国憲法公布)

6月のテーマは安保 (1965 6/15 樺美智子さん殺される)

7月のテーマは革命と独立(1776 7/4 アメリカ独立宣言発す)(1789 7/14 フランス革命 バスティーユ牢獄襲撃)

そして8月は戦争を考える月! 人類、進歩、科学、文明などということについて、特に重点的に考えてみよう

1945 8/6 広島に原爆 8/9 長崎に原爆 8/15 日本、ポツダム宣言受諾)

一日24時間が全て自分の自由になる=すばらしくもあり又、恐ろしくもある夏休みの日々、一冊や二冊の本位読んでみよう。それが、ある人にとっては、たとえ、骨休め、息抜きを兼ねていても結構ではないか。

次のような本を読んで来て、話し合ってみよう。

“ヒロシマ・ノート”(大江健三郎) - 岩波新書…→初めゾッとして…

“戦没農民兵士の手紙”    -     〃

“きけ、わだつみの声”    - 東大新書 or 三一新書あたりにもあったかも?…

特に“ヒロシマ・ノート”をぜひ読んで欲しいな

では皆々様、再会を楽しみに…有意義な自律的な夏休みを築き上げ、作り上げていかれんことを。

(セヴン)代表(この方面の)

(※ 20代の若手が7人いた)

 

 

 

資料4

 

第4回(=野外)ダベリ会

 

9/23

15,16,17と茅高の生活暗かった。過去はどんなに暗くとも、夢は今開く…

なんてことも前のダベリ会で、話されたりしたのだけど、今、過去のことをグズグズ愚痴るより、これからの未来をどう切り開くかが問題。

そこで1つ、卓球場の横に、“自由広場”を作り出し、昼休みに集まって、歌を歌ったりできる憩いの機会を持つようにしたので、振って参加しよう。

さて、いよいよ本題、一週おきの水曜に開くことになっているダベリ会(間の週は、先生の勉強会)23日に開かないと、中間試験の後までできないので、敢行!!

そこで、今回は1つ野外へ出てみようと計画したので、“○意図”の予定のない人は、(予定があっても、僕みたいに後にまわして)ぜひ参加されたし、丘に上るけれど足に自信のある(健脚ということでない)人は、ミニでも何でもドウゾ

[計画]

a.m.900 鎌倉駅表口集合

誰が参加するか分らないので、時間がきたら、すぐに出発するベシ

 

 

 

 

資料5

考える仲間のクラブを!

学校で起る諸問題を[自分(の生き方)の問題として][自分の頭で][他ならぬ自分自身のために]考える。

現代の(=この時代の、この社会の、又、人間の)問題につき、考え、研究し、話し合っていく。

生徒会の執行部というのは、どうしても、行動が主になりがちである(行動主義・活動主義)。確かに走り続けねばならないが、走りながら考え、考えながら走ることが重要だ。

生徒会のopinion leadersになろう!刺激の役目

執行部のbrain trustの役割も果たせる、批判的に

→ 相互批判こそ進歩を生む

三無主義に抵抗し、挑戦し、それから脱出する、“無気力 無関心 無責任”というか、“考えない、言わない、しない”

活動は週2回位部会をもち、週刊紙、壁新聞発行、放送部、新聞部、マンガ研(マンガ思想を考える)、フォークソング同好会(反戦フォークを考える)などと提携することもできる、 

         

班現代研究会 → ●歴史班 ● 倫理班 ● 政治班

のような形になっていくだろうと思うけれど、当面は時事研の名前の下にやっていけるだろう。         

1970/9/16

 

 

 

 

 

資料6

‘70/12/15  手紙への招待

“先生、よそへ替った方がいいよ”と何人もが言った。なる程、そうかも知れないと思うこともある。だけど、まだやっていないことは沢山ある。まだやれることは沢山あるはずだ。まだまだねばりたい。やるだけのことはやりたい。

全力を尽くさないで、途中でやめるのはいさぎよくないではないか!

君達も、僕達も誰も、いつまでも惨めでいるのはゴメンだ!!

胸を張って、“自分は茅高だ(or茅高出身だ)と言える=学校に誇りがもてるようにする!!!

“これではダメだ”“このままではズブズブと泥沼の中だ”と、思ったことのある君、今、思っている君、いわんや、何も思わない、又、思おうともしない君、君、君…最大限に頭を仂かせて考えてみよう。話し合ってみよう。ほんの小さな力の協力があるかないかで、茅高は、よくも、悪くもなる。変えるということは困難なことだ、だけど、決して不可能なことではない。

敵を恐れることはない、

せいぜい君を殺すだけだ

友を恐れることはない

せいぜい君を裏切るだけだ

無関心な人を恐れよ

殺しもしないし、裏切りもしない

だが、この人たちの無言の同意があればこそ、

この地上に裏切りと殺りくがあるのだ。

(ベヤセンスキー)

 

 

 

 

 

資料7

12/17 僕から君達への餞別(時間があれば1人1人と話したかったけど)

1人のプチブル・ヒューマニストのたわ言としてでも言いから、一応聞いて欲しい。

 

今までに 時々聞かれたことだが、僕が教師なんか(と、世間の人は言う、給料も安く、地位も何もない…と)になった理由は、一口で言えば、観念的だけど世界の平和社会の主義庶民の幸福を実現するために、ささやかな努力をする(泥沼の荷車を引っ張るように、遂に力尽きても何もできないかも知れないけれど、引き続ける)ため。そのためにもう少し具体的に言うと、差別され、虐げられ抑圧され、収奪されている側に、何とかして立ちたいという願いがあったため。

さらに、そのためには、恐らく、金力・権力・学力(学歴というべきか)と対決することも多いし 自分自身がまず、自分自身の内に持っている(又は、その可能性を秘めている)それらの力と対決し、訣別しなければいけないと思う。

今、世の中を見渡すと、偽りの平和強い者((力ある者)) のための正義right is might でなく、might is right)、虚しい繁栄、そして、片すみの小さな幸福(他人の不幸を犠牲にした上に立つ幸福)だけが巾をきかせているではないか?表面的自由形式的平等偽善的博愛しかない人間社会、人間関係など、およそ死んだも同然ではないか、→憲法・教育基本法・労仂基準法・独占禁止法を本気で守ろうとすれば・・・

。“押し付ける”って何だろう?何も持っていないところに、知らないものが入ってくることだろうか、押しつけられて、ハイハイ言う人間がいるだろうか

。“中立((偏らない))”って何だろう?反対も賛成もしないことだろうか、戦争に対しても?

…ナチスに対し何もしなかった(=中立?)者は、戦後責められた!又は現状批判・体制批判をしないことだろうか?批判なくては進歩なし!

。“アカ”って何だろう?今は支配者に都合の悪いものは皆“アカ”!民主々義者も平和主義者も…“アカ”と言われないような人間は、無気力・無能な環境順応者!

 

 

 

 

 

資料8

それでも手は汚れている

                                       駒崎亮太(教諭)

 

 “お前の手も汚れているではないか”と反論してみたところで、又“自分の手は汚れていない”と言葉で表わしたところで、それでも手は汚れている。。

先日。面白い場面にぶつかった。朝、遅刻した者が反論して“先生だってホームに来るのが遅れることもあるじゃないか”-もちろんその場しのぎの、苦しまぎれの冗談だろうと思う。しかしこれと似たことは沢山あるのではないか。“悪いのは自分だけじゃない。お互いさまじゃないか、大目に見よう…”だがそうだろうか。お互に悪いからと言って、借金の相殺のようにその悪さが帳消しになるわけがない。それではお互い悪いところに固定されてしまって向上がまるでない。よく“自分も悪いから何も言えない”と言われるが、これは実は謙遜のようで(日本的美徳!)無責任で傲慢な面も持っているのではないか。即ちこの裏には“自分はやるべきこともしないで、人のことばかり批判する”という言い分がある(確かにそれはいけないことだが、それはそれとしてここでは…)しかし、“だから批判するな”ではとめどない堕落だろう。“お互いに批判し合おう”であるべきだろう。互いに手は汚れていることを厳しく見つめることから出発したい。

(中略)

さて身近なところで“自分は受験体制に反対で、受験勉強をさせていない、だからその体制の加担者ではない”或いは“自分は受験勉強をさせたくないが、現状では、又生徒の要求でやむをえずせざるをえない、したくないことをさせられているからむしろ被害者だ”という意見がある。だがそうだろうか。たとえ主観的には加害者でなくても、現学校教育の一環を担う者として、客観的には歴然とした加害者であることをいさぎよく認めたい。するとその反対の極の生徒は、その意味では被害者と言えるかも知れないが、しかし事柄はそんな○×式思考(悪い癖※)で割り切れる程単純ではない。生徒もまた加害者である。先生のやりたくない受験勉強指導を強制する加害者である。それを世間や親のせいにするのは卑怯である。

さて、両方共手は汚れていることを認めた上でもう一度よく考えてみると、実は両方共被害者ではないのか。“互いに加害者になることを強いられている”という意味で被害者ではないのか。何がそれを強いているのか、両方に対して、-戦前からの駅の狭い古い階段で“押すなこの野郎”とケンカをするのはバカげているではないか。一体何が悪いのだ?

※この○×式思考の毒がいかに強いものか、最近戦慄を覚えたことがある。一、二年前の高校の学園闘争に関して、生徒を評して、“人間的全面教育を主張しながら、結局彼らも受験していったではないか”と(嘆きながらではなく)勝ち誇ったように言う声を聞いた。“矛盾している”と言う。矛盾-当り前ではないか。矛盾-結構ではないか。人間は矛盾をもたない程御立派なのか。単純なのか。○でなきゃ×なのか。問頭は矛盾にどう苦しみ、どう立ち向かうかではないのか。人間的な教育を欲するのも真実なら、合格したいという願いも本音だろう。それを“受験体制にはめ込まれていくのは彼らが悪い(・・)(!)のだとでも言うのだろうか”。余りに冷酷な思いやりのない第三者的発想ではないか。余りに気楽な自ら苦しもうとしない安易な発想ではないか。“矛盾している!”ひとごとのように涼しい顔をしている者より、泣きながら矛盾に取り組んでいる姿にこそ人間的誠実さと親近感を僕は覚える。

 

 

 

コメント投稿欄

Related articles